Posted by tomoshiggy2 on 23.2014 DVD・本・音楽 0 comments 0 trackback
ネットが使えない間に、「道」という本も読んでました。喧嘩に明け暮れ、刑務所のお世話にもなり、未来の夢も将来への野望も何もない、チンピラのような若者(著者)が、あるキッカケで空手を始めます。空手と出会ったことで、著者の人生は大きく変わってしまうのです。


1970年代には、数多くの日本人空手家が、はるばる海を渡って、イギリス・ヨーロッパに遠征に行っていたんですね。 丁度ブルース・リーが有名になっていた頃です。 考えてみると、ブルース・リーが、海外に与えた影響は大きかったんですね。 ちょうど同じ時期に空手に熱中していた夫君の姿と重なります。 


実は、著者の空手のスタイルは、私達が運営していた空手団体と同じなんです。 だから、実名で本文に出てくる空手家(日本人及び英国人)は、会ったことはないが、名前はほどんど知ってました。空手家同士の対立から、派閥が出てきて、それが分裂していく様子も知っていました。

夫君と著者は、出身地が同じなのですが、お互いに面識はないようです. でも古い空手仲間の友人の一人が、著者のことを覚えていたようで、「いつも何かを書いていた奴」と言っていました.


著者の、かつての恩師だった、日本人の先生達は、諸々の事情で帰国したり、他の国に移住してしまいました. その後は、いくつかの空手教室を開いて、空手を教えたりしていましたが、インストラクターよりも、一空手家として、空手の奥義を極めたい著者は、ついに、 空手の発祥地、沖縄県に行くことを決意するのです。私の出身地ですね。その目的は、剛柔流の元祖、東恩納先生に会って、空手のトレーニングをすることでした。



沖縄空手は、地味で、泥臭い空手、拳でコンクリートを打って、鍛えるような、厳しい空手です。 著者は、英国で、剛柔流の東恩納先生のセミナーに参加して、大いに興味を持ったようでした。 東恩納先生の住所も電話番号も知らずに、著者は妻と二人で、初めての地、沖縄の那覇空港に降り立ったのです. そこから、いろんな人の助けを借りて、東恩納先生の道場を探し、念願の東恩納先生と対面するのです. 


著者の両腕には、タトゥーがあり、(その写真が本に載っている) トレーニングが終わって、胴衣を脱いでいると、周りの人々がそれを、ジロジロみているエピソードがありました. 日本ではタトゥーをしていると、ヤクザと間違えられることを、知って、「ボクはヤクザじゃありません」と言っていたのは、笑ってしまいました.

この本です.

michi.jpg

気取らない、変に凝らない、ストレートな表現が好きですね。著者が、いかに空手を真剣に取り組んでいたか、熱意が伝わってきます。 あれだけ豊富な語彙はどうやって習得したのでしょうね.16才で学校を終えたようなので、いわゆる中卒だと思うのですが、そんなバックグランドを考えてると、文才に長けていたのでしょうね。 だから本が書けたのでしょうけどね.


いつ読んでも、何度読んでも飽きない本です。

スポンサーサイト

▶ Comment

▶ Post comment


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

▶ Trackback

trackbackURL:http://tomoshiggy2.blog.fc2.com/tb.php/548-f1e3c16d

Profile

tomoshiggy2

Author:tomoshiggy2
米国中西部の小さな町に住むアラフィフの日常. 山あり谷あり迷路のような旅の終着地はどんなところ.......

Latest trackbacks

Search form

QR code

QR